流れに身を任すのではなく

◎吊り橋を渡りきるために必要なこと

 

新年早々激しいスタートとなっています。

 

日本社会のみならず世界各地で火種が燃え上がり始めているかのようです。

 

前回も書きましたが、終わりの見えない吊り橋を渡り始めたようです。

 

10月末に予言されていた地震は、私が感じているところでは2~3回に分散されているようで、元旦の能登の他に、とりあえずこれから春先にかけてもう一回大きなインパクトがあるような気がしています。

 

分散しようが集中しようが、その影響は私たちへの負荷となってくることに変わりはありません。

 

何年か前にも書いていましたが、この先負荷が減ることはない、ということが進行しているだけなので、前回も書いたように自分たちの力をつけていくことが求められています。

 

今の流れで感じていることは、核も絡めた世界大戦です。

 

物事が一方的に進むことはない、と先日言われたので、行ったり来たりしながらまだどうなるかわからないと思っています。

 

 

 

トランプやプーチンを賛辞する人たちの多くは、彼らが世界を変えてくれると期待してそこに救いを求めているようにも思えますが、自分たちがやることやらないで世の中の変化を期待していても、それらは期待はずれにおわるのではないでしょうか。

 

まずは自分の足元から、自分の手の届くところからよりよくしていく取り組みがあるからこそ、因果応報が働らいて自らが生きやすくなるという結果がでます。

 

誰かに何とかしてもらおうということに夢中になってしまっては、よそに夢中になる分だけ自分のことが疎かになるので、ちぐはぐなことをやって自分の足元の不安定さが増えるばかりです。

 

結果、世の中が変わることはあっても、自分が気づかないでやらかしたおかしな取り組みの結果を自ら受けとることになり、自分は変わらなかったという結果を見てやり場のない怒りや自らの愚かさに対する失望などで後悔することになりかねません。

 

せっかく意欲があるのであれば、自分のしあわせのために活かさなければもったいないと思います。

 

 

 

昨年前半課題を与えられた人たちは、自身に向き合うことを求められていました。

 

次に後半の冬至までの期間は、身近な他者との関係性の中でそれぞれの課題を見つけて取り組むように促されていたようです。

 

 

人によって具体的な課題は異なりますが、数人の方に共通していたのは、互いの自由を認めることがどこまでできるか、です。

 

そして、冬至のあと、今年の5月くらいまでの間の課題は、「寄り添う」です。

 

3月と5月が節目といわれています。

 

キーワードですから、流れの中にある人は、おのずとそのことを意識する課題に向き合うことになると思います。

 

課題というのは、自身の否定的な思い込みに気づき、よりよい考え方に変えていくための取り組みです。

 

社会情勢が荒々しくなる中で、今をよりよく生きることはこの先の自らを救う取り組みです。

 

足場のしっかりした地面を歩ける時期は過ぎ、足を踏み外せば一瞬で命取りになるような危険と隣り合わせの吊り橋を渡り始めたいま、誰かに助けてもらうことを前提にした生き方は危ういものになります。

 

吊り橋ですから、船のように流されに任せてというわけにはいきません。

 

危うさに対して慎重さを求められますが、自分の意志で動いて前に進まないことには、吊り橋を渡り終えることもできないということでもあります。

 

疲れている、やる気が起きない、どうしていいかわからない、といったことはだれに対しての言い訳にもならず、自分の現状が変わらない、もしくは事態の悪化を指をくわえて見ていることを表現しているだけになります。

 

大変なことがこれからもありますが、自分のことを信じられるよう、好きになれるよう、心掛けて過ごしてください。

 

できることを行動に移しながら、まずはわずかな積み重ねでもいいので成長していけるよう取り組んでいきましょう。

 

その成長が、吊り橋から落ちることなく渡りきる力になり、自らを救います。